徳川幕府の代官屋敷であったが、明治元年8月徳川慶喜は謹慎の身を水戸から駿府に移され、宝台院 に身をおき、閑居の後この地に遷居され、徳川慶喜の屋敷となった。
 現在は名蹟保存を条件に浮月亭という料亭になっている。建物は静岡の大火で消失したが、池泉回遊 式の広い庭は当時のまま残っている。

 
浮月楼の入口門前に建てられた徳川慶喜屋敷跡の碑