この碑は文政3年(1,820年)東海道間の宿(旅人が休憩したところ)本市場の鶴茶屋に建てられ たもので、当時、ここから雪の富士を眺めると中腹に一羽の鶴が舞っているように見えたので、京都 の画家蘆洲が鶴を描き、江戸の亀田鵬斎が詩文を書き碑とした。またこの近辺には常夜燈が数多く 設置してあった。
原宿と吉原宿の間にあった一里塚跡の碑と道祖神。