浜松宿は、徳川家康の遠州支配の拠点であり、本陣が6軒もある街道の中でも大きな宿場である。ここは、2日に亘って歩いたが、2日目は雨と風でずぶ濡れになった。浜松は軍需工場があったため戦時中の空襲で、古いものは全て焼失し見るべきものは少なかった。
 参加者は29名男性は9名だった。

下図の○又は●と「浜松城」をクリックすると写真が表示されます。なお、○の線の色が同色は同一画面に表示されます。