当山の開基は元仁年間(約750年)天満宮を安置して梅本坊と号したが、約百年の後毘沙門天をご本尊 として宝塔山 吉祥院 多聞寺と称した。鬱蒼とした松の老樹に囲まれた書院は関東随一を誇っていたが、 3度の火災で現在の本堂は昭和50年に落慶したものである。